ごあいさつ
大切なものが壊れて、悲しい思いをしたことはないでしょうか。
私が幼かった頃、父が出張のおみやげに腕時計を買ってきてくれました。腕時計といっても、キャラクターが描かれた子供向けの手巻き時計です。初めての腕時計がうれしくて、肌身離さず時計をはめていました。
ある日、何も知らない幼い私は、時計をはめたままビニールプールに入り水遊びをしたのです。プールを出て、時計を見るとガラスに水滴がついていました。そのうち直ると思っていたら、夕方には水蒸気がみるみるガラスを覆い、すっかり文字盤が見えなくなってしまいました。
私は青ざめ、取り返しがつかないことをしてしまった、と大泣きしました。
その姿を見た父は、引き出しから精密ドライバーを取り出し、時間をかけて時計を分解し、タンスの上に置いておきました。翌朝、おそるおそる時計を見ると、水滴はキレイさっぱりなくなり、何事もなかったかのように再び動いているのです。
私は今度はうれしくて泣きました。
あれから何十年もたち、大切なデータが取り戻せたと喜んでいただくお客様を見ると、あのときの父は、きっと私以上にうれしかったのだろうと思うようになりました。
「大切をよみがえらす」これが私の仕事であり、そして喜びです。
オーインクメディアサービス株式会社
代表取締役 宮澤 謹徳
代表者紹介
「なぜ日芸卒なのに、ITの世界へ?」とよく聞かれます。
「専攻は照明です。舞台とか放送局とかの・・・」と答えると「ああ、なるほど!」と妙に納得してもらえることが多いです。照明が好きと言うより、舞台やスタジオの後ろにある調光卓や放送設備、音響設備が好きだったんですね。
パソコンとの付き合いは1980年代の小学生の頃、PC-8801からです。当時は雑誌に載っていたBASICのプログラムを打ったりして楽しんでいました。そのままではまともに動かない、とっつきにくい時代のパソコンから入っていったせいかトラブルシューティングが得意でした。どこに問題があったのかを追いかけるのが好きなのです。
そして大学生となり、学生の身分のまま事務室の一角に居座り、大学のネットワークやPCのメンテナンスまでも行うようになりました。
そんなある日、主任教授に呼ばれました。
「アンタ、いろいろ聞いてるわよ」
いよいよ怒られると覚悟して、「すみません・・・」と先回りして謝りました。
帰ってきたのは意外な言葉でした。
「ギャラをもらいなさいよ」
「???」
「ノーギャラはダメなの!ちゃんと契約してギャラもらいなさいって言ってるの!」
なんということでしょう
早速事務課にかけあってみると「会社でないと契約は難しい」と言われ、それじゃ会社をつくろうか、と同期の児玉広行君らと一緒に立ち上げたのが当社です。その会社が20年以上も続いています。(児玉君は現在草加市にある家業の老舗パン屋、朝日堂ベーカリーを継いでいます)
データ復旧はもともと、高校生の頃に行ったフロッピーの修復がきっかけです。プロテクト解析の本を参考にしながら独自に習得し、読めなくなったフロッピーをトラック単位でコピーしたり、セクタをバイナリエディタで確認したり、そこからHDDに移っていきました。昔から好きだったんですね。好きが仕事になったのです。
他方、テクニカルライターとしても活動していました。パソコン関係の単行本も何冊か書きました。雑誌やムックにも寄稿し、コメントを寄せています。半分文系、半分理系という立場で技術的なわかりにくい話を、身近なものに置き換えて解説するのが得意です。
資格は趣味でいろいろ持っています。
- 電話級アマチュア無線技士
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小学4年生のときに取得しました。学研の電気の図鑑をみて、遠くまで電波が飛ぶトランシーバーが欲しくなったのです。初めて買ったリグはアイコムのIC-02Nでした。
- 情報処理安全確保支援士
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情報セキュリティスペシャリストからの登録組です。登録番号79番と若いです。
カネがないのでコンサルを使わず使えず、自力でISO27001を取得した際の知識が役立ちました。
情報処理技術者試験の参考書は村山直紀先生の「ポケットスタディ」をお勧めします。 - 工事担任者 AI・DD総合種
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電話工事が行える資格です。実は電話工事って国家の重要インフラである電話網に悪影響を及ぼしてはいけないという観点から国家資格が必要なんです。ビジネスホンを自分でいじったり、工事をするために取得しました。
その昔、パソコン通信をしようと思い、モデムをつなごうとしたら家の電話がホームテレホンで簡単に接続できず、どんな仕組みなんだろう?と興味を持ってしまったのがはじまりです。NTTの技術史料館にも行ってきました。ここはかなりお勧めです。 - 第二種電気工事士
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実家の照明器具を交換しようとしたとき「お前は電気工事士の資格がないだろう」と父(一級建築士)に指摘され、ごもっとも、と思い取得しました。その後なぜか鈴木も取得し、さらに実姉(専業主婦)までも取得しました。
- 宅地建物取引士
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「宅建士」と名乗るために、一応東京都に登録だけはしています。試験に合格しただけでは宅建士ではなく、単なる試験合格者なので。借りていた部屋を解約する際、現状回復でトラブルとなりかけ、調べていたら興味が湧いてきたのです。なんでもかんでも自力でやりたがるクセがあるんですね。自主管理大家とか向いているかもしれません。
住まいも職場に近い秋葉原エリアです。
子供の頃から秋葉原に住みたいと思っていました。電子工作にはまっていた時期があり、長野には電子部品店はほとんどなく、どんな部品でも手に入る秋葉原に憧れがあったのです。ただ、近すぎるのか電気街にはそれほど行かなくなりました。願いが叶ったのに、不思議なものです。